過去の人類歴史において、生と死をめぐり、多くの思想家、宗教家がさまざまに苦悩しながら、その本質を探し求めてきた経緯があります。

土から生まれた肉体は、いずれ土に戻る運命であり、肉体の死を迎えることは、自然の摂理であります。生と死の概念を説く従来の思想や哲学の多くは、霊的な世界に対する不認識から物質生命に固執し、肉体の死に対する恐怖心から、免れることのない呪縛にあったといえます。

それでは、なぜ人間の本性は、誰もが永遠の命を求めるのでしょうか。人間が本来有限的な存在ならば、死に対する恐れはなく、また永遠性を志向することはないはずです。人間誰もが永遠性を志向するということは、人間は本来、永遠に生きるように創造されているという証明でもありましょう。

人間は、有限なる地上世界で愛の本質を学び、自ら愛を体現する人生体験を積んだのちに肉体を脱ぎ、霊的な世界で永世するように創造されており、肉体の死は、決して命の終わりではないということであります。

お母さんの胎中で、10月10日を過ごしている胎児には、真っ暗なお腹の中がすべてです。しかし、10月10日後には胎中から脱し、光のある新しい世界に誕生することとなります。同様に、地上での生活を終えた人間は、その肉体を脱いで、永遠の霊的世界に移行し、永世するように創造されています。このような現象は、たとえば土中の幼虫が成長して地上の蛹となり、殻を捨てて空を飛び交う蝶のように、自然界に偏在する生命の進化の法則でありましょう。

生は、地上の人生だけを指しているものではなく、また死は、人間の進化の中で、永遠に生きるための段階的な肉体の死のことであり、魂の死ではありません。人間の本質は、まさに霊であるということです。

宇宙創造神の永遠の愛を種として誕生した人間の本質は、地上世界に一度生まれたら、永遠に生き続ける霊的な存在であり、魂の完成とともに、宇宙本源の愛に抱かれながら、愛の歓喜の中で、永遠に生きるように創造されています。いずれは誰もが直面する死ではありますが、それは決して永遠の別れではなく、地上世界の中での別れであります。

人間の死は、神の子として愛を体現したあとに、自然死による霊界への移行が本義であります。しかし、神の子としての人間の成長進化がなされるまで、何度も地上に転生を繰り返すというプロセスを通過しています。

故人を霊界に送ることは、確かに辛く寂しいことですが、決して忌むことではなく、新しい進化成長に向けて、再び転生の道へと送り出す大切な祝いの門出であり、これが肉体の死の本義でありましょう。

いずれ、転生を繰り返しながら成長進化した魂は、お互いに霊界で永世するようになるでしょう。有限なる地上の人生には限りがありますが、成長を遂げた魂には、永遠の愛による歓喜の世界が待っているということです。

地上で成されないことは、天上でも成されないと言われるとおり、地上での生活が、霊界の様相を決定する要因となることを思いますと、この度の地球創生にかけられた銀河宇宙世界の願いは、新しい霊界の創造に関わる一大プロジェクトでもありましょう。


宇宙原論・序-Project GAIAメッセージ